65 歳以上の高齢者にとって最大の脅威は転倒であり、致命的であろうがなかろうが、傷害の主な原因となります。高齢者は反応時間が遅く、脳が萎縮している可能性があるため、転倒のリスクが高くなります。そのため、アジリティ、協調性、バランス、および記憶力は、高齢者が取り扱うべき重要な要素となります。今回は、高齢者の日常生活動作(ADL)に積極的に働きかけることで転倒のリスクを軽減し、生活を改善することに直接影響を与えるという、理想的な役割を紹介します。
「使わないと失う」というこの格言は、神経と運動のコンディショニングに関して特に当てはまります。さらに高齢者はタスクが複雑になるほど(処理する要素が増えるほど)実行が遅くなります。このように決定を下し、素早く動く能力を認知的アジリティと呼び、認知的アジリティとは安全かつ感覚刺激の多い環境において推論、意思決定、反応、記憶、そして素早く方向を変えることを統合することと考えるとよいでしょう。
他の運動処方と同様に、セット、反復回数、休息、量、およびテンポは、クライアントの漸進的なトレーニングプログラムのために操作できる変数です。認知的アジリティをトレーニングする場合、パーソナルトレーナーが扱う変数は非常に多くなります。以下は、認知的アジリティトレーニングの漸進と後退に利用できる原則の一部を紹介します。
アジリティと方向転換には、すべての運動面を含めることができ、また含めなければなりません。まず高齢者にとって特に前方への動作は、最も簡単と言えます。後方への移動運動(矢状面上の動作)は普段行なう移動運動ではないため、細心の注意を払って行なう必要があります。進行方向を見ることができないため、後方への歩の動作を速くしすぎると、転倒のリスクが高まります。前額面の動作(シャッフル、クロスオーバーステップ、サイドステップ等)も、矢状面の動作よりも転倒するリスクが高く、注意して適切に監視しなければなりません。これらのドリルは、他のアジリティや方向転換のドリルと同様、標準的な「T-テスト」のように、移動する方向と距離を調整することができます。
コーディネーションの中で最も簡単で、そしておそらく最も楽しい方法は、手と目のコーディネーションだと思われます。何らかのスポーツ用具を与えてドリルを行うことは参加者の満足度と楽しさを高める典型例であり、多くの場合、頑張っていることにあまり気づかないほどに頑張ってしまう傾向にあります。例えば、クライアントにサッカーボールやバスケットボールを与えるだけで、様々な方向転換ドリルのどれもが手と目のコーディネーションを使った認知的アジリティドリルになります。
バランスとは、空間内で望ましい位置を維持するために力を吸収および生成する動的な相互作用です。バランスの漸進と後退は通常、幅広い支持基底面から狭い支持基底面への移行、および安定した環境から不安定な環境への移行に基づいています。高齢者の場合は、両足を広げて立った状態から両足を近づけ、そして足を前後にずらしたスプリット姿勢、さらに足を一直線に並べ、最終的に片足で立つ、という漸進が検討できます。バランスドリル/エクササイズから「神経と運動」のドリルに変更するためには、バランスの姿勢を維持している最中に何らかの刺激を与えるとよいでしょう。
トレーニングセッションまたはプログラム内では、セッションの最初に認知的アジリティドリルを含めることを推奨します。なぜならセッションの最初においては、精神的、肉体的、および神経疲労が最も少なく、エネルギーを最も多く有しているからです。ドリルの実行時間、またはセットと反復回数は、クライアントの耐性や能力に依存します。しっかり疲労を管理したり、主観的運動強度(RPE)の評価を頻繁に収集したりすることも忘れてはいけません。また、セッションの長さは、セッションに含める認知的アジリティドリルの本数にも影響します。経験則として、通常、約 5~6 回のレップ数または約 15~20 秒間の継続的な運動後、機能やパフォーマンスの低下がみられることが多いようです。漸進や追加が多すぎたり速すぎたりしないように注意しなければなりません。
高齢者にとって、認知的アジリティについて前述で紹介した原則を活用することにより、クライアントの転倒リスクを軽減し、楽しみながら認知機能を改善することができるでしょう。