高温多湿下の運動では、深部体温の上昇がパフォーマンス低下や熱中症のリスクを高めます。手のひら冷却は、それを抑制してトレーニングの効果を高める手法として注目されています。
今回の研究では、運動中に手のひらを冷却することで深部体温が低下し、ベンチプレスやプルアップのボリュームと筋力が有意に向上したことが示されています。簡便な冷却手段として、氷水や氷嚢を用いた手のひら冷却はスポーツ現場でも導入しやすく、夏季のトレーニングにおける有効な熱対策およびパフォーマンス向上法となり得るでしょう。
高温多湿の環境での運動は、深部体温を上昇させエクササイズのパフォーマンスを低下させるだけでなく、熱中症などの重篤な症状を引き起こすこともあります(1)。そのため、高温多湿の環境が頻発する夏場はスポーツの練習やトレーニング中にいかに深部体温を適切な範囲に維持できるかが重要となります。
身体全体または部分的な冷却は深部体温を下げる有効な方法で、冷水浴やアイススラリーの摂取、クライオセラピー等様々な方法があります。そんな中で比較的新しい方法の一つが手のひら冷却(Palm cooling)です。活動している筋を冷却するのではなく、末端部(手のひら)を冷却することで、主動筋の神経機能を改善させることができるとの報告があります(2)。
今回紹介する研究は2つのパートに分かれており、手のひらの冷却が1)深部体温に与える影響と、2)トレーニングボリュームや筋力の適応に与える効果を検証しています。1)においては、高温の環境下でのエクササイズ中に手のひらの冷却の有無が深部体温の変化に与える影響を検証しています。2)ではレジスタンスエクササイズ中のセット間の手のひら冷却の影響がトレーニングの総ボリュームと筋力の適応に与える影響を評価しています。
Work volume and strength training responses to resistive exercise improve with periodic heat extraction from the palm.
レジスタンスエクササイズに対するトレーニングボリュームと筋力の適応が間欠的な手のひらの冷却により改善する。
Grahn, DA, Cao, VH, Nguyen, CM, Liu, MT, and Heller, HC.
J Strength Cond Res 26(9): 2558–2569, 2012
手のひらを冷却して身体の深部の温度を下げることで、レジスタンスエクササイズ中のボリュームを増加することができるとされている。1)「レジスタンスエクササイズ中の深部温度の上昇と疲労の蓄積に相関はあるか?」及び、2)「レジスタンスエクササイズ間の手のひらの冷却が筋力とトレーニングボリュームへの反応へ影響を与えるか?」という疑問を調査した。
暑熱環境下で、一定の負荷と時間(30分~45分間)でトレッドミルエクササイズを行い、手のひらの冷却の有無による深部体温の変化を検証した。その後、トレーニングボリュームを一定の負荷で行うベンチプレス4セット分の総回数で評価した。
手のひらを冷却することで深部体温が低下し、トレーニングボリュームが有意に高かった(コントロール群:Tes(食道温度)=39.0 ± 0.1℃、トレーニングボリューム=36 ±7 回、冷却群:Tes(食道温度)=38.4 ± 0.2℃、トレーニングボリューム=42 ±7 回、p<0.001)。
別の実験では、一般的な環境下で手のひらの冷却がトレーニングのボリュームと筋力の適応に与える影響を評価した。参加者はベンチプレスとプルアップのエクササイズを週2回、複数週にわたって行った。エクササイズのセット間には3分間の手のひらの冷却を行った。
3週間以上のベンチプレスのトレーニングにおいて、手のひらの冷却はトレーニングボリュームを40%増加した(非冷却群:13%、n=8、p<0.05)。6週間を超えるプルアップのトレーニングでは、手のひらの冷却によってトレーニングボリュームが増加した。プルアップ経験者においては144%増加し(2週間以上の非冷却群:5%、n=7、p<0.05)、プルアップの初心者においては80%増加した(非冷却群:20%、n=11、p<0.01)。筋力(最大拳上重量:1RM)は10週のピラミッド式ベンチプレストレーニング(2週間の非介入に続いて、6週間の手のひらの冷却、n=10)によって22%増加が見られた(p<0.001)。
これらの結果は、トレーニングボリュームに対する手のひら冷却の効果についての以前からの所見を実証し、レジスタンスエクササイズ中の疲労の蓄積と深部体温の関係性を示し、そして筋力とトレーニングボリュームを向上させる新しい方法を示唆している。
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運動中に手のひらを冷却することで、深部体温が低下することがわかりました。この研究で使われた冷却器は研究のために特注されたもので、15~16℃の冷水を循環させるものでした。手のひらの冷却が目的ですので、実際のスポーツ現場では氷枕や氷水または冷水に手を入れるといったことでもよいかもしれません。運動中の休憩時に冷水浴の実施などは難しいですが、この方法であれば導入が容易でしょう。
次に、レジスタンストレーニングへの影響ですが、実験の結果はKwonらの研究と同様に、エクササイズのパフォーマンスを向上させることを示しました。これは末端部の冷却が中枢神経の働きを調整することで神経筋機能を向上させるためだと著者らは述べています。手のひら冷却は、その他のレジスタンストレーニングを用いた研究においても概ね良い結果を残しており(2、3、4)、トレーニングボリュームや筋力の増加を目指す場合には有効な方法と言えるでしょう。
暑熱下の練習や試合の休憩時に氷嚢や氷などを使って手のひら冷却を行うことで、深部体温を低下させ熱中症の予防につながるだけでなく、その後のパフォーマンスも向上できることを、この論文は示しました。
1. Armstrong, L. E., Casa, D. J., Millard-Stafford, M., Moran, D. S., Pyne, S. W., & Roberts, W. O. (2007). Exertional heat illness during training and competition. Medicine and Science in Sports and Exercise, 39(3), 556–572
2. Kwon, Y. S., Robergs, R. A., Kravitz, L. R., Gurney, B. A., Mermier, C. M., & Schneider, S. M. (2010). Palm cooling delays fatigue during high-intensity bench press exercise. Medicine and Science in Sports and Exercise, 42(8), 1557–1565
3. Kwon, Y. S., Robergs, R. A., Mermier, C. M., Schneider, S. M., & Gurney, A. B. (2015). Palm Cooling and Heating Delays Fatigue during Resistance Exercise in Women. Journal of Strength and Conditioning Research, 29(8), 2261–2269
4. Caruso, J. F., Barbosa, A., Erickson, L., Edwards, R., Perry, R., Learmonth, L., & Potter, W. T. (2015). Intermittent Palm Cooling’s Impact on Resistive Exercise Performance. International Journal of Sports Medicine, 36(10), 814–821