大学生アスリートにおいて、近年、熱射病や心不全などを負ったり死亡したりする事例が増えています。特にこの季節に注意が必要なのは新入生アスリートです。高校のクラブ活動を引退した後、長く活動していない時期を過ごしていることが多く、さらに大学で新たな活動の場を得た彼らは、自分の能力をアピールしようと張り切っていることも少なくないでしょう。2週間活動しなければ筋力が10%程度低下するというデータもあり、長いブランク後のトレーニングには慎重に取り組む必要があります。
トレーニング中やプレイ中の接触による事故ではなく、いわゆる熱中症や心臓突然死を引き起こす学生が急増しています。特に非接触で発生している障害の約60%は、年末年始や夏休みといった一定の活動していない時期のあとの、トレーニングに復帰したばかりのタイミングで発生していることがわかっています。
なかでも大学の新入生アスリートは、さらに高い危険性を抱えています。というのも、まずトレーニングの負荷の要求が高校スポーツと大学スポーツでは大きく違うからです。また転学生にも共通して言えることですが、すでにレギュラーに確定しているアスリートたちを上回る成果を出そうと、トレーニングは多ければ多いほど良いと考える傾向にあります。
このように、一時的にトレーニングを中断することでトレーニング効果を消失させてしまう「ディトレーニング」を経験したアスリートが、トレーニングを再開した時にケガなどをする可能性が高いことから、彼らのために明確で標準化されたトレーニングガイドラインが必要であると考えられてきました。
そこでNSCA(全米ストレングス&コンディショニング協会)とCSCCa(大学ストレングス&コンディショニングコーチ協会)は合同で、ディトレーニング後の傷害や突然死を防ぐために、アスリートが最も傷害を負いやすい通常トレーニングへの移行期における運動量や強度、運動―休息比(W:R)の上限を定めたガイドラインを作成しました。
このガイドラインは大きく3つの立場のアスリートを対象としています。1つ目は、2週間以上の休暇を終えて戻ってきたアスリートです。このプログラムはあらゆる種目の学生アスリートに応用することができるでしょう。2つ目は、新入生アスリートや転学生アスリートです。そして3つ目は、労作性横紋筋融解症(ER)や労作性熱中症(EHI)を発症した後にトレーニングに復帰する学生アスリートです。
ここでNSCAとCSCCaが推奨するのは「50/30/20/10ルール」です。具体的にディトレーニング期間後の2週間(復帰アスリートの場合)または4週間(新入生アスリートの場合)の間に、最初は最大コンディショニング量の50%相当量を減少させ、次の3週間(新入生アスリートの場合)でそれぞれ30%、20%、10%を減らしたコンディショニングドリルを用意することです。それぞれのプログラムの要約は、3つの対象別に下表にまとめました。
アスリートにトレーニング参加前の医学的評価を受けさせた上で、NSCAとCSCCaのガイドラインを実現することは、ERやEHIのほか、潜在的に持っていた心臓血管系疾患や遺伝因子に関連する傷害を予防するうえでも重要です。
また、S&Cスタッフはテストプロトコルとトレーニングプログラムを注意深く計画、実施するとともに評価して、法令に則った管理責任者に提出することは最低限のこととして、さらにアスリートの体力レベルや健康状態、水分補給レベル、服用している薬、栄養補給食品なども正確にモニタリングし、記録しておくことが望ましいでしょう。
S&Cコーチは、ERやEHIをはじめ、その他にもトレーニングの時に起こりうる心臓関連疾患の初期症状や兆候を知っておく必要があります。常に環境状態をモニタリングし、極端な高温多湿の状況下では、トレーニングの量と強度を調節しなければなりません。
さらには万一の時に緊急時行動計画を策定しておくことで、学生アスリートの傷害や死亡事故の発生率を低下させることができるでしょう。
公益財団法人日本体育協会 スポーツ医・科学専門委員会
『平成24年度 日本体育協会スポーツ医・科学研究報告Ⅰ 日本におけるスポーツ外傷サーベイランスシステムの構築―第3報―』
朝日大学保健医療学部健康スポーツ科学科紀要 2号
『大学生のスポーツ傷害および事故の現状』