冬場のような寒冷環境では、運動を行う際、身体が冷えてうまく身体が動かないことを経験したことのある人も多いと思います。今回は、寒冷環境における運動について、有酸素運動の観点から考えてみたいと思います。
マラソンにおけるランニングパフォーマンスに対して気温が及ぼす影響を検証した研究があります。これらの研究によると、マラソンのランニングパフォーマンスには約8~12℃が最適であることが見出されています。研究によると、マラソンの歴代記録のトップ10、世界記録、コース記録などでは、気温が男子ではそれぞれ 11.0℃~12.8℃、女子では11.6℃~13.6℃でした。
続いて、複数の気温を対象にした研究がありますので、紹介します。Parkinらによると、サイクリングショーツを着用してサイクルエルゴメータ(最大酸素摂取量の70%)を実施したところ、3℃の寒冷環境における疲労までの時間(85±8 分)が、20℃の温暖環境(60±11 分)よりも 42%長くなりました。
また、ある研究では、疲労困憊までの時間は、短パンまたはTシャツ着用時は 11℃、クロスカントリースキー用ウェア着用時は-4℃と 1℃で最大となり、この至適気温を上回るあるいは下回ると疲労までの時間が減少しました。この研究でも、Tシャツを着た状態では、11℃でパフォーマンスが最大化されたことを考慮すると、先述のマラソン研究を補強すると言えます。一方、クロスカントリースキー用ウェアを着用した場合に、寒冷環境下でパフォーマンスが最適化されたことを考慮すると、気温に応じてウェアを選択することが望ましいと言えます。
上述のように気温・環境に応じてウェアを選択することの重要性は、みなさんお分かりかと思いますが、寒冷環境下において、特に気を付けたいのが、雨天や降雪の場合です。例えば、雨や汗が染み込んで濡れたウェアは、乾燥したウェア以上に寒冷環境下で運動するアスリートの深部体温を低下させます。これは、水の熱伝導率が空気の熱伝導率の25 倍に上ることに起因しており、ウェアが濡れると熱が急速に放散され、血液循環によって深部組織から皮膚に伝わります。そのため、防寒や防水・速乾などの機能が備わっているウェアを身につけることが良いでしょう。
ただし発汗と運動効率には個人差があるため、「標準ウェア」を定めることは難しく、汗をかきすぎる人もいれば、断熱による十分な保護が得られない人もいます。様々な環境条件で様々なウェアの組み合わせを試して、それぞれにおける適切なバランスを見出すことが望ましいでしょう。
低体温症は深部体温が 35℃以下の状態を指し、低体温症と局所的な寒冷傷害が同時に発生することも珍しくはありません。初期症状として、身体のふるえ、感情鈍麻、無関心がみられます。深部体温が 35℃よりも下がり続けると、錯乱、昏睡、不明瞭発語(ぶつぶつ言う、つぶやく、口ごもる、どもるなど)などの症状が現れます。
レースにおいて低体温症が特に懸念されるのは湿度が高い場合です。例えば 2018 年のボストンマラソンは、気温 5.8℃で 1 日中雨風が強かったため、「run to cover(遮蔽物を探して走る)」マラソンと呼ばれました。さらにツインシティーズマラソン(ミネソタ州ミネアポリス)では 12年の間に46 件の低体温症が発生したことが報告され、ゴールできなかったランナーが最多(参加者の 31%)であった1986 年の大会では、弱い風を伴う低温(-7℃)と氷雨が低体温症の原因であったと考えられています。
低体温症は、気温が何度であろうが、代謝率を超える体熱の損失が発生すれば起こりえます。0℃より高い気温であっても、代謝率が低ければ低体温症になる可能性があります。また、湿度が高く風の強い環境は、風のない乾燥した環境よりも体温が低下しやすくなります。
ただ相対的に高い代謝率(>50%最大酸素摂取量の運動強度)を維持できれば、低体温症のリスクは下がります。例えばこの代謝率で運動できれば、比較的風が強い日に湿ったウェアを着用していても、気温 4℃でも深部体温を4 時間維持できることを示した研究もあります。
しかし、運動強度が低ければ(最大酸素摂取量の約35%)、風が強く湿度の高い寒冷環境では深部体温が低下するとされています。そのような環境では、レースの前後は雨風を避け、余分に羽織る衣服も準備する必要があります。
以上のように、寒冷環境下では、環境や天候、ウェアに気を配っていただき、安全にランニングをしていただければと思います。
NSCAジャパン2022年翻訳掲載分 Volume 29, Number 9, pages 64-70
原文Strength & Conditioning Journal Vol42, No.1, 83-89