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  • 徹夜後の運動は、免疫を下げる?それとも守る?

    手摺を掴んで脚のストレッチをする人

    唾液には、身体を守る抗菌タンパク質が多く含まれ、運動後にこれらが増加することが知られています。本研究では、急性の睡眠不足と運動が唾液中の抗菌タンパク質に与える影響を検証しました。

    唾液中には、身体を細菌やウイルスから守るための多くの抗菌タンパク質が分泌されています。口腔内は体内への入り口であり、細菌やウイルスに対する最初の防衛線です。そこに存在する粘膜タンパク質には、ラクトフェリンやリゾチームが含まれます。このラクトフェリンやリゾチームは、エクササイズ後に増加することが確認されています(1、2、3、4)。

    他にも最も多く研究されている唾液中のタンパク質として、免疫グロビンA(IgA:Immunoglobin A)があります。唾液中のこのタンパク質の分泌量が少ないと、上気道感染症の発症率が高くなるとの報告もあります(5)。 

    また、睡眠不足は免疫機能の低下や代謝異常、炎症を促すサイトカインの分泌の増加を引き起こしたり、肥満や高血圧などの疾患のリスクを増加させたりすると報告されています(6)。急性的な睡眠不足はあまり筋機能には影響を与えないようですが、唾液中の免疫グロビンAもまた、睡眠不足には影響を受けないようです(7)。 

    今回紹介する論文では、唾液中の免疫指標としてよく扱われるIgAだけでなく、LL-37やラクトフェリンなど複数の抗菌タンパク質(AMP)をまとめて測定し、睡眠不足とエクササイズが口腔の粘膜免疫にどう影響するのかを検証しました。 

    Exercise, but not acute sleep loss, increases salivary antimicrobial protein secretion. 
    急性の睡眠不足ではなく、エクササイズで唾液中の抗菌タンパク質の分泌が増加する

    Gillum, TL, Kuennen, MR, Castillo, MN, Williams, NL, and Jordan-Patterson, AT. 
    J Strength Cond Res 29(5): 1359–1366, 2015 

    目的

    睡眠不足は免疫の要素を抑制する一因かもしれない。粘膜免疫に対する、十分な睡眠をとれなかった後のエクササイズの影響については明確になっていない。この研究の目的は、睡眠不足に対する唾液中の抗菌タンパク質(AMPs:Antimicrobial Proteins)の反応をエクササイズの前後で定量化することである。

    被験者

    男性4名と女性4名(年齢:22.8 ± 2.1歳、体重:66.4 ± 6.3 kg、体脂肪率:18.6 ± 9%、最大酸素摂取量: 49.1 ± 7.1 ml/kg/min)

    方法

    参加者は、通常の睡眠後(CON)と徹夜後(WS)に、それぞれ最大酸素摂取量の75%の強度で45分間のランニングを行った。2回のエクササイズ実施の間には、10±3日の間隔を設けた。エクササイズの直前、直後そして1時間後に唾液を摂取し、抗菌タンパク質の量を計測した。計測した主な抗菌タンパク質は以下の4種類である。

    ・LL-37:ヒトの抗生物ペプチドの一種
    ・HNP1-3:ヒト好中球ペプチドの1から3番、抗微生物ペプチド
    ・ラクトフェリン(Lac:Lactoferrin):抗菌活性を持つ糖タンパク質
    ・リゾチーム(Lys:Lysozyme):細菌の細胞膜を分解する酵素

    結果

    睡眠不足はエクササイズ前や後でAMPの濃度や分泌量に影響を与えなかった。しかし、エクササイズの実施によって、睡眠条件に関わらず介入前後で全ての抗菌タンパク質の濃度が増加した(p≤0.05)(表1)。

    分泌量は、睡眠条件に関わらず、エクササイズ前に比べて全ての抗菌タンパク質で、介入直後及び1時間後に増加していた(p≤0.05)(表2)。 

    結論・応用

    今回のデータは、急性の睡眠不足が粘膜免疫を大きく低下させないことを示唆している。エクササイズは各AMPの濃度と分泌量を増加させ、これは睡眠が不足していても、免疫を高め炎症をコントロールすることを示唆している。

    オリジナルの文献はこちら 

    まとめ

    今回の研究では、睡眠条件に関係なく、運動によってAMPが増加することを示しました。運動後のAMPの増加は他の研究(1、3、4)とも一致します。

    これは、エクササイズによって好中球が活性化され、好中球中に存在するAMPの分泌が促されることによって、唾液中のAMPが増加するのであろうと、著者らは述べています。Ligtenbergら(3)によれば、エクササイズの強度が増加すると、より唾液へのAMPの分泌量が増加するそうです。 

    個々のフィットネスのレベルも関係があるようで、Kunzらの研究(2)は、よりフィットネスレベルの高い人は、低い人と比較して、運動前のAMPは同等であるにも関わらず運動後のAMPの分泌量が多くなることを示しました。日常的に運動している人は、口腔内の免疫作用がより高くなり、健康を維持できる要因になっているのかもしれません。 

    ただし、日常的に強度の高いトレーニングを行うアスリートは例外なようで、IgAの分泌量が低下する(8)と報告されています。慢性的な疲労が蓄積されるようなアスリートは、口腔内の免疫作用が低下する可能性があるので注意が必要です。 

    また、今回紹介した研究では、睡眠不足はAMPに影響を及ぼさないことが示されました。急性的な睡眠不足はあまり免疫力を低下させないようです。

    しかし、アスリートのように慢性的な疲労が蓄積したり、睡眠不足が慢性化する際は、身体に多くの不調をもたらします。運動量を調整したり十分な睡眠をとったりして、身体を回復させる必要があるでしょう。 

    参考文献

    1. Davison, G., Allgrove, J., & Gleeson, M. (2009). Salivary antimicrobial peptides (LL-37 and alpha-defensins HNP1-3), antimicrobial and IgA responses to prolonged exercise. European Journal of Applied Physiology, 106(2), 277–284 
    2. Kunz, H., Bishop, N. C., Spielmann, G., Pistillo, M., Reed, J., Ograjsek, T., … Simpson, R. J. (2015). Fitness level impacts salivary antimicrobial protein responses to a single bout of cycling exercise. European Journal of Applied Physiology, 115(5), 1015–1027 
    3. Ligtenberg, A. J. M., Brand, H. S., Van Den Keijbus, P. A. M., & Veerman, E. C. I. (2015). The effect of physical exercise on salivary secretion of MUC5B, amylase and lysozyme. Archives of Oral Biology, 60(11), 1639–1644. 
    4. Allgrove, J. E., Gomes, E., Hough, J., & Gleeson, M. (2008). Effects of exercise intensity on salivary antimicrobial proteins and markers of stress in active men. Journal of Sports Sciences, 26(6), 653–661 
    5. Rossen, R. D., Butler, W. T., Waldman, R. H., Alford, R. H., Hornick, R. B., Togo, Y., & Kasel, J. A. (1970). The Proteins in Nasal Secretion: II. A Longitudinal Study of IgA and Neutralizing Antibody Levels in Nasal Washings From Men Infected With Influenza Virus. JAMA: The Journal of the American Medical Association, 211(7), 1157–1161 
    6. AlDabal, L. (2011). Metabolic, Endocrine, and Immune Consequences of Sleep Deprivation. The Open Respiratory Medicine Journal 5, 31–43 
    7. Ricardo, J. S. C., Cartner, L., Oliver, S. J., Laing, S. J., Walters, R., Bilzon, J. L. J., & Walsh, N. P. (2009). No effect of a 30-h period of sleep deprivation on leukocyte trafficking, neutrophil degranulation and saliva IgA responses to exercise. European Journal of Applied Physiology, 105(3), 499–504 
    8. Bishop, N. C., & Gleeson, M. (2009). Acute and chronic effects of exercise on markers of mucosal immunity. Frontiers in Bioscience, 14(12), 4444–4456 

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