この数年、夏を迎える前から気温の高い日を数えることが増えました。身体がまだ暑さに慣れていないこの時期こそ、熱中症には要注意です。
そうしたなかで、「暑熱順化」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。本格的に暑くなる前から暑さに身体を慣らす熱中症対策として注目され始めています。
とりわけランナーは、運動によって身体が熱を発するため、暑熱下でも安全にそして高いパフォーマンスが維持するためには、熱中症対策が重要課題です。今回はマラソン大会などレースに出場するランナーの準備として、「暑熱順化」をご紹介しましょう。
人は運動をすると、体内で熱が作られ体温が上がります。その時にまわりの気温が低いと、身体から代謝熱が逃がされますが、気温と体温が近くなると放散される熱が少なくなり、上がった体温を下げるために発汗が始まります。こうして人は体温をうまく調節し、36℃から37℃で維持しているわけですが、暑熱下の非常に気温と湿度の高い環境で身体を動かすと、体内の熱がうまく逃がされずに体温が急上昇します。そして、筋肉や脳、肝臓、腎臓などがうまく機能しなくなって意識を失ったり、こむら返りを起こしたりするのが、いわゆる「熱中症」です。
ランナーの場合、運動強度の高いマラソン大会などで走った場合には、寒冷な環境にあっても体温が2℃以上上がることは珍しくありません。気温12℃を超えると、競技レベルに関係なくランニングスピードが徐々に低下し、13℃を超えると熱中症を発症する人が増えるというデータもあります。
これまでの研究で深部体温が40℃を超えると急激に運動能力が低下したことから、命に関わる高体温を回避するための安全ブレーキとして機能したのではないかとも考えられてきましたが、いくつかの実験で、深部体温よりも皮膚温度の上昇がパフォーマンスの低下に大きく関係していることがわかりました。暑熱下で運動能力が低下する原因として深部体温だけにとらわれないほうが良いでしょう。
最近、一般の方の間でも有効な熱中症対策として、本格的に暑くなる前から身体を徐々に暑さに慣らしておく「暑熱順化」が認識され始めています。具体的には、日常的に身体を動かしたり湯船に浸かったりすることが勧められており、徐々に発汗量や皮膚の血流量を増やすことで、身体の表面から熱を逃しやすくしているわけです。
もともと暑熱順化は、運動熱ストレスに繰り返しさらすことで、暑熱環境で労働する人々の作業能力を持続させることを目的に開発されたものです。5〜14日にわたって、暑熱環境で中強度の運動を60〜100分間行った結果、運動時の深部体温の上昇率が下がり、さらに一定の作業負荷をかけた状態での心拍数が減少した一方で、発汗量と体内を循環する血漿量が増えたことがわかりました。
この労働者向けに開発された暑熱順化の手順はそのまま、暑熱下でレースに参加するランナーたちの準備にも転用できます。その方法はいろいろと考えられ、例えば、室温や湿度を設定した環境室を利用することもできれば、温暖または暑熱環境で屋外ランニングを行い自然順化することもできます。さらには温暖環境で断熱ウエアを重ね着する方法もあるでしょう。
暑熱順化を達成するためには、①内部体温の上昇 ②皮膚温度の上昇 ③皮膚表面の発汗の3つの刺激にさらされている必要があります。
日頃から寒冷な環境で強度の高いトレーニングを行っているトップアスリートたちは、定期的にこれらが行われていて、すでにある程度の暑熱順化がされているとも考えられ、わずか5日間の暑熱順化で体温調節ができますが、あまり鍛錬されていないランナーはより長い7〜14日間の暑熱順化期間を必要とします。マラソン大会などレースの日程にあわせて暑熱順化のスケジュール化することが大切です。
ただ、暑熱順化のための運動が、レースのためにコンディショニングを調整中のアスリートにとってはストレスになることも心配されます。そうした時に推奨されているのが、運動直後の深部体温が上昇している状態でサウナや温水浴を活用することです。最近の研究でサウナや温水浴の利用でも同じような効果があることが実証されています。
NSCAジャパン機関誌 2020年10月号
『暑熱下のランニング:パフォーマンスへの影響と暑熱下のレースのための準備方策』